1月30日
1月30日
1月があっという間に過ぎていった。無事是貴人。ではなく奇人ということ。
家族も風邪もひかず過ごしている。今月を振り返ってみれば。正月は郷里に帰った。普段会わないような人とも言葉を交わすことになる。お目出たい話もあったり、そうでなかったり悲喜交々である。
親父は97歳になった。自宅ではなく施設にお世話になっている。面会にいったがその光景は何処の施設でも変わらない。広いロビーに大勢のお年寄りが表情も無く座っている。自分の将来の姿かと思うと気が重くなる。出来れば誰もが思うことだが、生涯現役のまま終わりたいものである。
我が家に帰れば変わらない日常がスタートする。先ず手始めは昨年の水害で破損した校舎の改築。廊下だけでなく教室の床や壁も修理が必要。合板は時間が経つにしたがって破損がひどくなる。広さが広さだけに時間もお金もかかる。
ありがたいことに多くの人たちからの支えがある。被災前よりもいい状態にしたいと考えている。せめてもの恩返しに。
小麦も今のところ順調に育っている。今年は寒いので一寸成長が遅れている。稲わらを全部流してしまったので有機物が一寸不足している感じがする。あの状況での作付けだから仕方がない。目の前の畑で小麦が青々と生長していく姿は、大きな励ましになる。近所のお年よりも、畑で作物が育つ姿は楽しいものだと話していた。問題は田植えが出来るかどうかだ。行政は耕作者が一寸でも手を付けた農地は、復旧作業の対象外になるという。手をこまねいて見ているしかない。何時までに復旧するとも明言しない。おかしなことがまかりと通っている。
11日からパン屋のワークショップ。2組の参加者。一人は北海道からの参加。支援学校の先生で将来は皆で一緒にパンを焼きたいといっていた。一人は5歳の男に子と参加。将来は田舎に帰ってパン屋を開業する計画だそうだ。毎回思うことだが参加者には恵まれている。企画して良かったと思う。参加者の中から実際にお店を開いた人もいる。何時の日か、地元産の小麦でパンを焼くことが、当たり前になることになることを祈っている。日本は同じ圃場でお米も麦も栽培できる恵まれた自然条件にある。食料輸出国なってもおかしくないのに、現実は輸入国なっている。自給率40%など言語道断である。多くの人にその点を考えてもらいたいと思う。
嬉しいこともあった。アメリカから共育学舎の取り組みを理解し賛同したからと寄付の申し込みがあった。亡くなったお姉さんの遺産の記念寄付だそうだ。寄付という形で社会貢献するという文化があるとは聞いていたが、まさか自分がその対象になるとは思っていなかった。共育学舎にも外国から来る人もいる。アメリカに帰って有機農業を始めた青年もいる。これからの地域で成長する子供たちのことを思うと、早い時期から外国を知り理解することは大事なことになる。頭の中では企画を練っていたので、今回の寄付をチャンスとして生かし、具体的な形としてスタートさせたいと思っている。お金は使い方で毒にも薬にもなる。良薬として生かしたいものである。
1月があっという間に過ぎていった。無事是貴人。ではなく奇人ということ。
家族も風邪もひかず過ごしている。今月を振り返ってみれば。正月は郷里に帰った。普段会わないような人とも言葉を交わすことになる。お目出たい話もあったり、そうでなかったり悲喜交々である。
親父は97歳になった。自宅ではなく施設にお世話になっている。面会にいったがその光景は何処の施設でも変わらない。広いロビーに大勢のお年寄りが表情も無く座っている。自分の将来の姿かと思うと気が重くなる。出来れば誰もが思うことだが、生涯現役のまま終わりたいものである。
我が家に帰れば変わらない日常がスタートする。先ず手始めは昨年の水害で破損した校舎の改築。廊下だけでなく教室の床や壁も修理が必要。合板は時間が経つにしたがって破損がひどくなる。広さが広さだけに時間もお金もかかる。
ありがたいことに多くの人たちからの支えがある。被災前よりもいい状態にしたいと考えている。せめてもの恩返しに。
小麦も今のところ順調に育っている。今年は寒いので一寸成長が遅れている。稲わらを全部流してしまったので有機物が一寸不足している感じがする。あの状況での作付けだから仕方がない。目の前の畑で小麦が青々と生長していく姿は、大きな励ましになる。近所のお年よりも、畑で作物が育つ姿は楽しいものだと話していた。問題は田植えが出来るかどうかだ。行政は耕作者が一寸でも手を付けた農地は、復旧作業の対象外になるという。手をこまねいて見ているしかない。何時までに復旧するとも明言しない。おかしなことがまかりと通っている。
11日からパン屋のワークショップ。2組の参加者。一人は北海道からの参加。支援学校の先生で将来は皆で一緒にパンを焼きたいといっていた。一人は5歳の男に子と参加。将来は田舎に帰ってパン屋を開業する計画だそうだ。毎回思うことだが参加者には恵まれている。企画して良かったと思う。参加者の中から実際にお店を開いた人もいる。何時の日か、地元産の小麦でパンを焼くことが、当たり前になることになることを祈っている。日本は同じ圃場でお米も麦も栽培できる恵まれた自然条件にある。食料輸出国なってもおかしくないのに、現実は輸入国なっている。自給率40%など言語道断である。多くの人にその点を考えてもらいたいと思う。
嬉しいこともあった。アメリカから共育学舎の取り組みを理解し賛同したからと寄付の申し込みがあった。亡くなったお姉さんの遺産の記念寄付だそうだ。寄付という形で社会貢献するという文化があるとは聞いていたが、まさか自分がその対象になるとは思っていなかった。共育学舎にも外国から来る人もいる。アメリカに帰って有機農業を始めた青年もいる。これからの地域で成長する子供たちのことを思うと、早い時期から外国を知り理解することは大事なことになる。頭の中では企画を練っていたので、今回の寄付をチャンスとして生かし、具体的な形としてスタートさせたいと思っている。お金は使い方で毒にも薬にもなる。良薬として生かしたいものである。
12,30 年末
今年も暮れようとしている。静かに振り返ってみれば色々な出来事があった。生きていれば当然のことでもあるが、中でも「災害」については自身も被災したこともあり、色々と反省も考えることも多かった。何時も思い出す言葉だが「人心乱れるが故に天又乱れる。」人心の乱れが結果的には大きな自然災害を招いた。例えば東北で言えば原発が無かったら、熊野川で言えばダムが無かったら、山や農地を大事にする生活があったら、、、、。結果は違っていただろう。原発やダムが人身の乱れの産物と決め付けるのは乱暴では有るが、見当違いのことではないように思う。この点をどう反省し、どう改めるのかは今生きる人間の責任である。人間が生きることをどう考えるのか。安易に経済中心に考えるのは矛盾がある。一方的な自然崇拝も無理がある。お金も自然も心も大事なものである。要はバランスの問題である。もの自体には何の価値も罪も無い。生かす智慧があれば全てが有意義なものになる。浅智慧だと逆効果になる。今逆効果が色々なところに噴出し目立っている。世の中の流れは年が改まっても変わることはないだろう。世の流れは流れとして、自分はどう生きるのか。何時も自問自答している。せめて俺一人でも、という気持ちと、俺一人がという気持ちが交錯しながら生きている。やるぞという思いと、やってもという思いが力比べをしている。今のところやるぞという思いが髪の毛1本分ぐらい勝っている。だからこんなことをしている。今年も多くの人たちにお世話になった。感謝の言葉もない。やるぞという思いがお世話をかけてしまう。本当にこんな自分で申し訳ないと思いながら生きている。
命が有る限り悩み迷いながらの道が続くことになる。廃校になった木造校舎を生活の拠点として7,8年が過ぎようとしている。畑を耕し、種を蒔いてきた。多くの人たちとの縁もあった。来る人去る人様々な人間模様が織り成されてきた。縁のある人たちが、自分をどのように評価しているのかは解らない。当然のことながら、相性があり好き嫌いがある。ごめんなさいというしかない。
自分に出来ることを出来るときにやる。その繰り返しのなかで、縁が出来たり消滅したりしていく。過疎地にいながら色々な若者との縁が生まれている。居を構えた若者も何人かいる。若者の成長ははやい。自分はと振り返ってみれば、変化はしているが成長というよりも退化しているような気がする。久しぶりに会った人から「丸くなったね。」といわれた。自分に妥協することが多くなったようにも思う。その分丸くなったようにみえるのかな。体力の衰えがそうさせるのか。などと既に自分に妥協している。今年はとにかく終わろうとしている。心中密かに思うことは有る。縁が整った分だけ実現していくだろう。心機一転新しい年を迎えよう。
命が有る限り悩み迷いながらの道が続くことになる。廃校になった木造校舎を生活の拠点として7,8年が過ぎようとしている。畑を耕し、種を蒔いてきた。多くの人たちとの縁もあった。来る人去る人様々な人間模様が織り成されてきた。縁のある人たちが、自分をどのように評価しているのかは解らない。当然のことながら、相性があり好き嫌いがある。ごめんなさいというしかない。
自分に出来ることを出来るときにやる。その繰り返しのなかで、縁が出来たり消滅したりしていく。過疎地にいながら色々な若者との縁が生まれている。居を構えた若者も何人かいる。若者の成長ははやい。自分はと振り返ってみれば、変化はしているが成長というよりも退化しているような気がする。久しぶりに会った人から「丸くなったね。」といわれた。自分に妥協することが多くなったようにも思う。その分丸くなったようにみえるのかな。体力の衰えがそうさせるのか。などと既に自分に妥協している。今年はとにかく終わろうとしている。心中密かに思うことは有る。縁が整った分だけ実現していくだろう。心機一転新しい年を迎えよう。
12,4 被災?
被災してから3ヶ月が経過。徐々にではあるが、日常が戻りつつある。でも何かをすると、何かを失っていることに気づかされる。昨日も映画の自主上映会をしたが、いざ上映となった時、確かにあったはずのスピーカーが見当たらない。どこか間が抜けている。これが日常といえることだけど、、、、。
小麦も発芽し、若芽が遠目にも見えるようになってきた。カラスや鳩に食べられた跡はあるが、毎年こんなもの。これからは、ウサギや鹿が食べに来る。何時も思うことだが、畑を耕し種を蒔いた自分の口に入るのは最後。ものには順番があり、秩序がある。素直に受け入れれば、少なくとも自分の中では問題は起きない。今回の被災についてもいえる。自分の立場から見ているから「被災」なんだけれども、見方を変えれば順番であり秩序でもある。生かすも殺すも自分の胸先三寸。誰のせいでもない。自分自身の問題である。
今日は知人が主催する地域復興イヴェントに出店した。天気にも恵まれ盛況であり、心温まるイヴェントであった。主催者は大変だけど、そのおかげで一日のんびりと楽しむことが出来た。感謝。
復興も経済を中心にしたものではなく、心を基本に置いたら今までとは一味違う地域になると思う。今までの考え方の癖で、お金を中心におかないと心が納得しない。世界に目を向けたとき、日本経済は既に、経済戦争に負けている。なのに、大本営発表は未だ負けを認めず、戦火を海外に拡大している。現実は既に消耗戦に突入している。戦艦主義から抜け切れないが、既に主戦場は空中戦になっている。いくらものづくりに血眼になったとしても、時代遅れである。
世界最大の最新鋭の「戦艦大和」を作っても役に立たない。優秀な若者を「特攻隊」で失うことになる。今の時代も若者を使い捨てている。多くの若者が戦いに疲れ病んでいる。若者だけではない。自殺者が毎年3万人を超え、精神疾患は800万人を超えているという。経済戦争から白旗を掲げて退却したほうがいいと思う。少なくとも自分は経済競争には参加しない。過剰な利益の追求はしない。生命を養うための必要最低限度を保っていく。そこに精神的にも時間的にも余裕も生まれてくる。安定が生まれ、安心が芽生えてくる。生きていればいい。命のある間は生きられればいい。もうすぐ「12月8日」がくる。
歴史から冷静に学ぶ時があってもいいとおもうが、、、、。
小麦も発芽し、若芽が遠目にも見えるようになってきた。カラスや鳩に食べられた跡はあるが、毎年こんなもの。これからは、ウサギや鹿が食べに来る。何時も思うことだが、畑を耕し種を蒔いた自分の口に入るのは最後。ものには順番があり、秩序がある。素直に受け入れれば、少なくとも自分の中では問題は起きない。今回の被災についてもいえる。自分の立場から見ているから「被災」なんだけれども、見方を変えれば順番であり秩序でもある。生かすも殺すも自分の胸先三寸。誰のせいでもない。自分自身の問題である。
今日は知人が主催する地域復興イヴェントに出店した。天気にも恵まれ盛況であり、心温まるイヴェントであった。主催者は大変だけど、そのおかげで一日のんびりと楽しむことが出来た。感謝。
復興も経済を中心にしたものではなく、心を基本に置いたら今までとは一味違う地域になると思う。今までの考え方の癖で、お金を中心におかないと心が納得しない。世界に目を向けたとき、日本経済は既に、経済戦争に負けている。なのに、大本営発表は未だ負けを認めず、戦火を海外に拡大している。現実は既に消耗戦に突入している。戦艦主義から抜け切れないが、既に主戦場は空中戦になっている。いくらものづくりに血眼になったとしても、時代遅れである。
世界最大の最新鋭の「戦艦大和」を作っても役に立たない。優秀な若者を「特攻隊」で失うことになる。今の時代も若者を使い捨てている。多くの若者が戦いに疲れ病んでいる。若者だけではない。自殺者が毎年3万人を超え、精神疾患は800万人を超えているという。経済戦争から白旗を掲げて退却したほうがいいと思う。少なくとも自分は経済競争には参加しない。過剰な利益の追求はしない。生命を養うための必要最低限度を保っていく。そこに精神的にも時間的にも余裕も生まれてくる。安定が生まれ、安心が芽生えてくる。生きていればいい。命のある間は生きられればいい。もうすぐ「12月8日」がくる。
歴史から冷静に学ぶ時があってもいいとおもうが、、、、。
11,28 まき
近所のおばあさんから、薪はいらんかねと連絡があった。早速貰い受けることにした。丹精して作った薪である。薪を作ることの大変さは身にしみている。
田舎ではお金は貸しても、薪は貸さないという。ここでの生活は私で終わりという、おばあさんの覚悟でもある。子や孫が帰ってこないという現実があるが故に、こんなことが起きる。時代は変化していく。都会でも田舎でも同じこと。
今回の水害でも地域を離れた人たちがいる。地域の過疎化は加速している。農業も林業も担い手は急速に減少していく。大切なものが足元から崩れていく。地域に危機感がないのが気になる。気になる人がやるしかない。一人でもいいと信じて。一人でもいい。いつか二人になる日も来るだろう。
田舎ではお金は貸しても、薪は貸さないという。ここでの生活は私で終わりという、おばあさんの覚悟でもある。子や孫が帰ってこないという現実があるが故に、こんなことが起きる。時代は変化していく。都会でも田舎でも同じこと。
今回の水害でも地域を離れた人たちがいる。地域の過疎化は加速している。農業も林業も担い手は急速に減少していく。大切なものが足元から崩れていく。地域に危機感がないのが気になる。気になる人がやるしかない。一人でもいいと信じて。一人でもいい。いつか二人になる日も来るだろう。
11,26 再利用
パン窯の2回目の土塗りをした。近所で壊す家があるので、壁土を貰い受け練り直した。50年前に建てたそうだ。土は何回でも再利用できる。コンクリートだと1回だけで後の始末が面倒になる。最近の新築の家では土壁は少なくなっている。時間も掛かるし手間も掛かる。安易に便利なものに傾倒していく。その結果は既に出ている。なのに安易な方向に突き進んでいる。
知人から、今回の水害で処分したい家があると紹介された。屋根まで浸かった家。修理して住むには無理な状況である。しかし家そのものはまだ十分使える。一人暮らしのおばあさんは、そこには住めないので処分したいという。本来ならば処分の費用が必要になる。今ならば災害の支援が得られる。苦労して新築した家を処分する。その心中を察するとしのびない。そこで若者に買い求めて移築したらどうかと提案した。移築するための土地はある。後は手間を掛けるかどうか。若者の判断に任せる。
知人から、今回の水害で処分したい家があると紹介された。屋根まで浸かった家。修理して住むには無理な状況である。しかし家そのものはまだ十分使える。一人暮らしのおばあさんは、そこには住めないので処分したいという。本来ならば処分の費用が必要になる。今ならば災害の支援が得られる。苦労して新築した家を処分する。その心中を察するとしのびない。そこで若者に買い求めて移築したらどうかと提案した。移築するための土地はある。後は手間を掛けるかどうか。若者の判断に任せる。




