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2012年11月27日

昨日雨の中で小麦畑の水はけを良くしようと、鍬を振っていたら腰に痛みが走った。ここ数日なんとなく気にはなっていたが、仕事にならない。

  今月になって日本一有名なニートと、引きこもり名人が共育学舎に来た。2人とも本を出している。プレゼントされたのでさっと目を通してみた。詳しく読んでないので何ともいえないが、直接話をした感じでは、何の違和感もない。

  一方で社会的評価を受けて華々しく活躍している若者も来たりすることもある。
何れにせよ共育学舎には色々な人たちが来る。居ながらにして色々な人たちと会うことになる。
  これからの日本の社会が、人間として住みやすい方向に変わっていくためには、ニートとか引きこもりを体験した人たちが鍵を握っているように思う。社会に出て活動せよと言うことではなく、存在そのものに意味と価値があるように思う。

  恩を知った者でなければ、恩に報いることは出来ない。情けを受けたものでなければ、情けが芽生えない。人は情けのもとに住んだ時安心できる。

  人は誰でも年をとる。早咲きもいれば遅咲きもある。自分もあるときまでは華になりたいと思った時期もあった。でも今は華を咲かせる一粒の土でいいと思っている。

  思えば自分の人生も可笑しなものである。50歳で結婚し62歳で子供に恵まれた。
子供の為に頑張ろうなどという気持ちは全く起こらない。親のいうことを聞きなさいなどと言ったこともないし、これからも言わないだろう。親として子供の躾などしたこともないし、これからもしないだろう。自分がこの程度だから出来様がないということである。
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