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2012年11月20日

 HPをリニューアルした。といっても他人にお願いするしかない。自分にPSに対しての知識も技術もないのだから仕方がない。その前に自分で出来るようになろうと言う意欲がない。
思えば共育学舎の活動を始めて10年の歳月が流れた。色々なことが有ったはずなのに、特別な感慨もない。何をしたわけでもない。思いつくままに出来ることをしてきた。これからもこのスタイルは変わらないと思う。自分の中には自分なりの思いがあり、大事にしているものがある。それは自分だけが承知していれば、いいことだと思っている。その思いが自分を支えているのは確かなことである。これからも支え続けることだろうと思う。その思いが消えたとき、自分の生命も消えた事になる。

人間社会の中で何か行動を起したとき、必ず波風が立つ。共育学舎の活動はなるべく波風を立てずに、静かにことを進めるようにしてきたつもりである。ところが昨年の大水害で自分の思いに関係なく、事態は大きく変わってしまった。世界中で大きな自然災害が頻発しているが、被災した人々の共通した思いでも有ると思う。どさくさにまぎれて、人は色々なことを考える。日頃隠してきたことが一気に表面化することがある。ここぞとばかり私利私欲に走る人もいる。悲しみに打ちひしがれる人もいる。社会活動に目覚める人もいる。人様々である。自分は被災した直後には、これで全てが終わったなと思った。この場から逃げ出したいとも思った。しかし今自分は同じ場所で生活をし、共育学舎の活動も続けている。日頃から自分の思いを大事に育ててきたからだと思う。それと大事にしてきた人たちに、支えられたことも確かなことである。いざと言うときには自分が大事にしてきたことが表面化するということだろう。人間社会とは自分が大事にしていることの、融合と分裂であるとも言える。融合できる人もいれば、分裂する人もいる。融合は気持ちのいいものであるが、分裂は気分が悪いものである。
世界に目を向ければ分裂のエネルギーに支配されている。『核分裂』が象徴している。自分の足元をみても分裂の波にさらされている。分裂と言う逆風にどう帆を張り、融合というゴールを目指すのか。智慧が求められている。世の中のあらゆる宗教哲学道徳倫理、その他教えというものが目指している究極の世界は『和合』であるといっても過言ではないだろう。人間が有史以来求め続け、実現でできていないことでも有る。自分の残された人生の課題である。

『和合』ということを自分なりに理解し納得した時は三十代の終わりの頃であった。他人に説明は出来ないが、自分の中では明確になっている。和合とは先ず自分の中で、自分との関係で成立しなければ、他人との関係で成立しない。自分の人生の中で他人との和合が充分に成立しないと言うことは、自分の中での和合が未熟と言うことである。せめて夫婦間でと思うが遠く遥かな先に霞んでいる。

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