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2012年11月21日

今年も小麦の種まきは無事に終わった。後は自然の流れに委ねることしか出来ない。
人間の出来ることなど微々たるものである。けれどその微々たることが自分にとっては大事なことである。
今年は雨の日が多いと感じる。昨年水害を経験したことが、心理的に影響していることも有るように思う。被災してみて自分の中で意識が変わったことも有る。防災ということには、以前から関心があり数年前には、大学と協力して防災合宿を企画実践したこともある。実際に体験しなければ解らない事もある。体験したものが伝える責任もある。自分の住んでいる地域に目を向ければ、高齢者が圧倒的に多い。昨年の災害を受けて、地域でも自主防災組織が立ち上がった。防災ならば地域住民の気持ちがまとまると思ったが、現実はそんなに甘くない。ひとそれぞれに温度差があり、思惑が有る。何十年も生きてきた人間の意識はそんなに簡単には変わらない。目の前の私利私欲の前には一時の感情など吹っ飛んでしまう。他人の行動を見ていると人間の心の動きがよく解る。自分を振り返れば、自分の中にも同じようなものがある。他人を批判し、攻撃するのは簡単である。他人を批判したい気持ちは自分の中にも有る。同じように自分も批判攻撃の対象になる。批判を恐れることはないが、反省だけは忘れないように気をつけて生きていこう。

先日新宮市の災害復興計画の説明会が地元であった。様々の問題が有るが、今回は昨年の水害で浸水してしまった、避難所をどうするのかが大きな問題であった。事前に地域で話し合い、多数決で決めていた。地域として要望書も市長宛に出していた。いざ説明会がはじまれば、そんなことは無視して、自分勝手な主張をする住民がいる。何のための話し合いだったのか。自分の主張だけを声高にする。まるで学級崩壊である。今までの地域の
暗黙のルールは崩壊してしまったようである。破壊から創造が始まると考えれば、良き時代に入ったともいえる。これからが創造の苦しみの始まりなのだろう。混沌とした無秩序の地域社会をどう建て直していくのか。このまま無法地帯になっていくのか。一地域だけの問題ではなく、日本全体に横たわっている問題でもある。人間として人間らしく生きていける環境をどう創造していくのか。今まで生きてきた自分のあり方が問われている。

国政に携わっている政治家の動きがニュースとして流れてくる。ほんの一部の情報でしかないがその奥にあるものは普遍的なものでもある。国政も田舎の30戸足らずの集落の問題も根っこにあるものは同じである。政治家ならば離党をしたり、政治家を辞めれば済む問題でもある。地域では生活の場を変えることは、簡単には出来ない。
問題を解決しようと思うならば、そこで踏みとどまるしかない。押したり引いたり。傷つけたり、つけられたり悲喜こもごもである。頑張ったりするつもりはないが出来る範囲で出来ることはしようと思っている。

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