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12月6日

  経世済民。経済は何処で道を見失ってしまったのだろうか。いつの間にか競争になり、戦争にまでなってしまった。利益のためなら人を傷つけても、当然の如くになってしまった。人を生かすより傷つける方が、多くなってしまったような気がする。こんなことを思うのは自分だけだろうか。

  子供から大人まで、○○障害というレッテルを貼られている人が多くいる。本人も周囲の人も、出口のない苦しみを味わうことになってしまう。人は誰でも何らかの障害を持っている。完璧な人などいないと思う。

  経済大国になった結果、貧困、虐待、引きこもり、ニート、過疎、後継者不足など様々な問題が起きている。光が強くなれば影が濃くなる。人間が人間らしい社会を築くために、通過しなければならない道だと思えば、そこに光を見出すことが出来る。変化を腐敗と捉えるか、発酵と捉えるか。ある意味で日本の社会も成熟してきたのだと思う。

  若い頃インドを旅したとき、インドには2億人の乞食がいると聞いて、豊かな国だと思ったことを思い出す。国民の2割に当る2億人の乞食を養う国力とはすごいと思った。
 スラムに紛れ込んで乞食の子供たちが貰った、日本円の10円玉や100円玉を両替してやったことを思い出す。乞食の子供たちからお礼にとチャーイを奢ってもらったことも思い出す。

  自分もある時期、野宿をしながら乞食をして、生活をしていた時期もある。始めのころは自分が惨めで涙が止まらないこともあった。自分の中にある壁を突き抜けたときから、物乞いが出来るようになった。それから少しは、他人にも自分のものを提供できるようになった。今、若い人たちに食事と布団を無償で提供できるのも、乞食の体験がベースになっている。

  乞食と言えば自分が子供の頃、家に毎日乞食が来ていた。祖母は『これはかっちゃんの分』といって毎日その人のために用意をしていた。たまには違う乞食が来ることもあった。
  祖母にとっては家族以外の人の食事も用意することは、日常のことであった。どんな気持ちでそうしているのか、聴く機会もなかった。そのころは聞くほどのことでなく当たり前の光景として受け入れていた。
母も浮浪者を時々連れてきては泊めていた。知らないおじさんが何日も一緒に生活することも度々であった。決して経済的には豊かではなく、貧乏だった。日本では乞食は見なくなったが、その分ホームレスが増えてきた。

  ある有名な人が共育学舎の活動は、負け組みの集まりになるだろうと言っていた。その人の言う勝ち負けの基準と、自分の基準は違うだろうと思う。自分は世間の常識では勝ちと思われることには、余り関心がない。お金を儲けるための努力は、あまりしない。商売はしているけれど、儲けないようにしている。勝ちにいかないので、勝者からみれば敗者である。自らの意志で負けることの意味は、麻雀で学んだ。儲けない商売も爽快である。利口な人には出来ない生き方である。勝ち続けることもないけれど、負け続けることもない。勝つことが善で負けることが悪ではない。特に経済的な価値で言うならば、儲けたということは、誰かが損をしたと言うことである。勝ち組とはその程度のことである。負け組みの僻みか、、、、それもいいだろう。

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